ちょっとしたお金の話

価値観

価値の判断が、お金でしかできない世の中。
安いか高いか、それだけが物差しになっているのが悲しい。
誰が見てもそのものの価値が瞬時に判断できるようになるというのはお金のすごいところ。
でもそうなると、それだけが指標になってしまうことが多い。

もちろん生活するにはお金は必要だし、
そのためには仕事をして稼がなきゃいけない。
けど、お金をもつこと、お金を稼ぐことが目的になってしまうと本末転倒。

何が正しいのかわかんなくなってしまいます。

一方で、商品を購入するということは、
それを作っている人や会社を支持するということ。
だから本当にいいものは高くても買うべき。
その行為が、その作り手、メーカーを支援し、
さらにそれが広まることを後押しするということ。
あまりよくないとわかっていても、つい買ってしまう、というのは、
結局、そのよくないものを支持して、さらにそれが広まることを応援するということ。
ダメなものには、やっぱりダメと言わなきゃいけない。
買うべきでないものは、やっぱり買っちゃいけない。

やっぱり、消費者が意識を高く持たないと。
これからを担う子供たちのために、どんな世の中が望ましいのか、
それを決めていくのは、今の子育て世代。
だから、僕たちが意識を高く持たないと。

と自分に言い聞かせるのでした。

いつまで続くこのかわいさ



ただ今、朔汰2歳半。

2歳までは、もう2歳かぁ!と驚いていたのですが、
この半年ほどまだ2歳半なのか?もう3歳でもいいぞって思ってしまいます。

それくらい、自我が強くなって、自己主張が強くなって、すぐ泣くようになって、
いっちょまえにがきんちょになってきています。

でも、今はほんと可愛い時期だと思います。
よく「今が一番いいじきだね〜」とか言われますが、たぶんそうなんだろうなぁ。

でもなんだかんだでどの時期でもかわいいんだろうなぁ。

あぁ、親というのはバカな生き物ですね。

いちご狩り

いちご狩り

5月はいちごの季節。

父親は数年前から家庭菜園にどっぷりはまっていて、
仕事がどんだけ忙しくても、せっせせっせと野菜作りをしています。

孫が増えた今は、孫たちに喜んでもらうためか、
いちごをせっせせっせと栽培しています。
その量がすごい。

ことあるごとに「今度いちごとりにおいでよー」って実家から連絡が来ます。
僕はなかなか行くことはできませんが、嫁と朔汰はなんどか取りに行ってます。

その場でパクリ。

せっせと育てられたいちごは
「おーいしー」といってよろこんで食べてもらえてます。
親もさぞうれしいことでしょう。

もっと暮らしを豊かに



自然の創造物ってなんでこんなに出来上がってるんでしょうね。
不完全のようなフォルムでもあり、それが完全でもあり、
この絶妙な形でのいでたちが、凛としていて、見惚れてしまいます。

さて、昨日から新しい1年生の手工具の授業が始まりました。
木工の道を歩みだした6人。
その第1歩が今ここにあるのです。

以前のブログにも書きましたが、
木工家の井崎正治さんの授業が4月と5月初めに2回ありました。
大御所の木工作家でもあり、生粋の職人でもあり、
繊細なアーティストでもあり、敏腕なプロデューサーでもあり、
とにかく、その技術、知識、実績どれをとっても神のようなお方です。

そんな井崎さんは、名人の技術はいらない。
身の丈の木工、身の丈の作品作りが重要というお話をされました。
また、生活の中で自分の作品を使う意義を何度も説いていました。

僕は、木工を仕事としているけれども、
人間国宝を目指しているわけでもなく、国展を目指しているわけでもなく、
売れっ子作家を目指しているわけでもありません。

僕が目指しているものは、豊かな暮らしがある町をつくること、その一点です。
よく「木のものづくりの楽しさを伝えたい」と言う時がありますが、
正確には「自分で作った木の生活道具、家具を自分の暮らしの中で使う、
その喜び、その豊かさを感じる人を増やしたい」んです。

木工はもっと広く一般に広がるべき、だと思っています。
日曜大工よりも一つ上のレベルでものをつくることができたら、
おいしい手料理を、自分の作ったお皿に盛ることができたら、
大人になってもずっと使えるような勉強机を子供に作ってあげることができたら、
週末のんびり読書をする時に、自分で作ったイージーチェアに座ることができたら、
代々受け継がれるような家具を自分が作ることができたら、
数段上の暮らしの豊かさを感じることができると思います。

そのための環境、設備、知識、技術を開放したいのです。

自分自身まだまだ未熟なところは多々ありますが、今は下積み期間。
いつか遠くない未来に、木工も、それを伝える・教えることも含めて、
凛とした仕事ができるよう、がんばりたいと思います。

おちつくところに新しい風を



気づいたらタンポポは綿毛になってまんまるい姿になっていました。

少しの風でもさっと崩れてしまうこのはかなさ。
このはかなさこそが愛おしいのです。

青空のもと飛んでいく綿毛たち。
新しい命がどこかの地に宿ります。

春は常に新しい風が吹きます。
さぁ、はじめましょう。


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