元気にやってます。

朔汰 1ヶ月半

寒い高山、連日のように雪が降り、
家の中でも底冷えするような環境で、
我が息子、朔汰は1か月半になります。

新米ママパパはあれこれ苦戦しながらも、
なんとなく育児の日々に慣れてきました。

それでもぎゃん泣きしたり、これでもかっていうくらいに吐き戻されたり、
おむつの中がうんちまみれになってたり、てんやわんやな感じで追われています。

嫁は、いつも一緒にいるため、
日々いろんな発見をしたり、いろんなことを試したり、
いろんな遊びをしてみたりして、絆を深めています。
嫁の顔をみるとにたーと笑う朔汰。
母という存在は本能的に分かるんだと思いますが、
父という存在は学習的に覚えていくんだと思います。

まだまだ寒い日は続きますが、
暖かい春になれば、朔汰もいろんなことができるようになってるはずだし、
外に連れて行っていろんな体験もさせてあげられるはず。
そんな日を待ちわびながらも、
今は家の中で家族3人ほっこりしていたいと思います。

(写真の朔汰がつけているスタイは
 このHPを通して知り合ったShokoさんからの贈り物です。
 その他にも、友人を含め、HPで知り合った方々から
 たくさんの贈り物をいただきました。
 改めて、お礼を申し上げます。
 本当にありがとうございます^^
 機会をみつけてこうやって写真に納めていきたいと思います^^ )

お宮参りと1ヶ月検診

1ヶ月検診とお宮参り

時間というのは思っている以上にあっという間にすぎていきます。
朔汰が産まれて一カ月。
お宮参りと一カ月検診がやってきました。

里帰りしていた嫁も週末に岐阜に戻ってきました。
全国的にも大雪となった日曜日に京都で落ち合いました。
もともと車で舞鶴まで行く予定でしたが、さすがに危険ということで
僕は新幹線に変更し、舞鶴から来る嫁さんにはお母様が付き添ってくれました。
雪のためかなり遅れましたがなんとか岐阜に戻ってくることができ、
ホテルで家族と食事して、そのあと結婚式を挙げた護国神社でお宮参りをしました。
終始大雪のこの一日、思い出深いものとなりました。

明くる日、車で高山まで戻ってきました。
がたがたの雪道を走るのは赤ちゃんに悪いなぁと思いつつも、仕方ない。
さて、これから親子3人での生活が始まります。
もともと1階2階で生活していましたが、
嫁と相談した結果、寝るのも1階にしようということになりました。
さーむいですからね。なるべく1か所であったかくしていようと。
狭い部屋に布団を敷くので窮屈ですが、これはこれで楽しいです。

そして、1ヶ月検診。
周りの子よりかなり大きいみたいです。
もう5キロ超えてますからね。
いい成長ップリです。
ただ、おしりにできモノが来てしまいました。
赤ちゃんにはよくあるらしいのですが、
それが時折痛いらしく、尋常じゃない泣き方をします。
治るのも時間がかかるみたいですし、これはこころしてかからないといけないですね。

そんなこんなで楽しくやっています。
嫁も、ぐぐっとお母さんらしくなったようです。
ときおり、朔汰と嫁のあいだにものすごい愛情で結ばれている糸のようなものが見え、
ちょっとばかしさびしくなるのでした。

オレゴニアン ベビー

オレゴニアン ベビー

僕と嫁は2003年の春、アメリカのオレゴン大学で出会いました。
付き合い始めてすぐ僕はイリノイ大学へ編入したため、
それ以後3年半ほど遠距離をしていました。

ぼくらはそれぞれ、大学を卒業する時に、
その大学のベビー服を買ってきました。

僕はイリノイ大学のチアガールの衣装のベビー服。
嫁はオレゴン大学のベビー服。
いずれ、ぼくらの子供ができた時に着せたいねってその時は軽い気持ちで。

そして、ついに僕らの子供が産まれたわけで、
温存していたオレゴン大学のベビー服を着せてみました。
オレゴン大カラーいっぱいのこの服を着て満面の朔汰。
なんだかとても感慨深いものがあります。

ずっと繋がっている想いがあります。
これからもずっと繋がっていく想いがあります。
その想いを大事にしていきたいと思います。

命名

命名 朔汰

16日に無事退院した嫁とベビー。
次の日に出生届を市役所に提出してきました。

僕たちの最初の子供の名前は「朔汰(さくた)」です。

名前自体は、結婚する前から決めていたので(笑)、
おなかの中にいる時から「さくたー、さくたー」と呼び掛けていました。

「朔」とは、月の満ち欠けのなかの一番最初の段階、
地球上から全く見えなくなる現象のことを言います。
一般的に新月のことです。
僕らの最初の子供であり、
いずれ満月のように光り輝き、まっくらな夜でも明かりを灯してほしい、
という願いから「朔」という字をつけました。

「汰」は太く生きるということですが、
さんずいの汰を使ったのは、
水のようにあってほしいという想いからです。
老子の言葉に「上善如水」という思想があります。
もっとも理想的な生き方とは水のようにあること、という意味です。
万物に利を与えながらも自ら驕ることをせず、
また上へ上へあがろうとせず、ただゆったりと柔軟に流れに沿っていき、
いずれは海という偉大な存在になる水の姿が、理想というのです。
そういった想いから、「汰」という字をつけました。

「朔汰」

名前とは不思議なモノです。
親が勝手につけた名前が、いろんな人にそう呼ばれ、
本人自身もいずれ自分は「朔汰」ということを認識するようになります。
完全なる親のエゴなんですけどね。責任重大です。

いろんな思いはありますが、
ただただのびのびと育ってほしいなぁと願っています。

子を思う心

赤ちゃんの手

我が子誕生から3日経ちました。
毎日毎日少しずつ成長しているベビー。
頭の形やまゆ毛の色、立派な泣き声。
変化が絶えない毎日です。

親になる、というのは不思議なものです。
嫁のおなかが大きい時は、今思えばどこか他人事のようなところがあったかもしれません。
嫁自身も赤ちゃんを産むということがどこか非現実的なところがあったかもしれません。

それは、我が子を抱いた、その一瞬で一変しました。
愛おしくてしかたがない、底知れぬ愛情といいましょうか、
何が何でもこの子を守る!という気持ちがぐわーっと湧き出てきました。
嫁は出産を終えた次の日にはすっかり母親の顔になっていました。

不思議ですね。

これから大変なことはたくさん待ち受けてるし、
悩みも絶えないだろうと思います。
でも2人でこの子を育てていく。そこはゆるぎないところですね。

僕の小指を握るのでいっぱいいっぱいな小さな手。
その手の中にたくさんの愛を握らせてあげるからね。

よく頑張ったね!〜第一子誕生〜

出産

大雪に見舞われた12月9日の飛騨高山。
いつも通り工房で仕事をしていると、1時20分ごろ嫁から電話が入りました。
破水したとのことでした。

すぐさま家に帰り、事前に用意してあった入院セットを持って病院へ。
破水はとどまることなく、ドボドボに。
すぐに入院となりました。

夕方4時20分ごろから陣痛が始まりました。
嫁が痛いと言うたびに携帯のストップウォッチで時間を測り、
開始時間と終わった時間を手帳に記入していく僕。
あっという間に夕食の6時の時間をすぎ、
あっという間に9時を過ぎ、
あっという間に11時を過ぎて行きました。

そして日付が変わろうとするころから尋常ない痛み方をする嫁。
僕が隣にいても、助産師さんばかりに頼る嫁。
助産師さんがちょっとでも離れようとすると行かないで!と叫ぶ嫁。
男ってほんと非力です。
なにもしてあげれません。

子宮口も全開となり、陣痛の間隔も短くなった1時ごろ、
ついに分娩室へ移ることになりました。

しかし、分娩室へ移ると陣痛が弱くなってしまいました。
陣痛の波も間隔が広がり、嫁も初めてで上手にいきめなかったりと、
ただただ嫁の叫び声が響き渡ります。
僕はそばにいて手を、腕を握って、陣痛が来たときは嫁の上体を支えてあげるだけ。

もう痛いのは嫌だ!もう楽にして!と叫ぶ嫁は、
それでも陣痛が来るたびに、一生懸命にいきみます。
もう嫌だって言いながらも、必死にいきんでいました。
母ってすごい。

2時間ほどたったころ、ようやく頭が出てきて、
それをみて嫁も勇気づいたのか、そこからは早かったです。

12月10日、2時57分、3268gの元気な男の子が誕生しました。
嫁は母となり、僕は父となりました。

嫁、よく頑張ったね。

応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!


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